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[書評]読むサッカーvol.38 『神に愛された西独製サッカースパイク』
天才とともに伝説を作った西ドイツ製プーマスパイクの記録
サッカーショップを訪れると心が躍るのは筆者だけではないだろう。大小さまざまなボールや世界各国のユニフォーム、各種書籍やDVDなど、多様なアイテムがところ狭しと賑わう空間に足を踏み入れるたび、「これは宝の山か!」とワクワクが止まらない。
中でもとりわけ目を引くのが、どのショップでも広いスペースを使って陳列されているサッカースパイクだ。言わずもがな、サッカーは足を中心に競技が行われる。その足を支えるスパイクはいわばサッカーアイテム界の主役と言っていい。メーカー、材質、デザイン、色、縫い目、ポイントの数、紐のつき方など、その形状は千差万別。飽きることなくいつまでも眺めることができる。
また、実際に履いてプレーするにあたっては、その微妙なフィット感やボールタッチがプレーに与える影響も大きい。足先の隙間や締めつけ具合、素材の薄さ、重さなど、本人にしか分からない微妙な違和感であっても、足元にストレスを抱えることなくプレーできるのは、それだけでアドバンテージなのだ。スパイクこそ主役であり、プレーを支える心臓と言っても過言ではない。
それはアマチュア選手にとってもプロにとっても変わらない。天才と謳われた元アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナにとっても同じことだ。だからこそサッカーをする者はみなスパイクにこだわる。筆者も高校時代、生産終了となったYASUDAのスパイクを求めて、地元のサッカーショップを渡り歩いたものだ。
本書は、天才・マラドーナが現役時代に使用したスパイクについて検証を試みた一冊だ。“スパイクオタク”を自認する著者が、写真、映像、メーカー資料などから、過去のW杯でマラドーナが使用したスパイクを試合ごとに分析し、どう使い分けがなされていたかを考察する。その知識量と、マラドーナおよび彼が多く使用していた西ドイツ製のプーマスパイクに対する並々ならぬ愛情、執念には驚嘆させられる。あるときは海外で発見したスパイクを取り寄せて歓喜し、あるときは国内オークションに出品されていたものを見逃して激しく落胆する。著者はなぜそこまでマラドーナとそのスパイクにこだわるのか。その心意は終章で垣間見える。
「マラドーナは裸足でもサッカーはうまいが、スパイクなしでは試合に出られないし5人抜きもできなかった。あの5人抜きを披露したスパイクがどんなモデルか忘れ去られるようではいけないのではないか」
目まぐるしいスピードで社会が移ろう昨今、その波に乗り遅れた情報は淘汰され、つい先日の出来事もあっという間に過去のものとなる。それはスパイクの変遷においても同じ。進化に継ぐ進化の結果、つい20年前までは誰もが履いていた黒地に白いラインのスパイクは、オールドスタイルとして風化しつつある。しかし、そのオールドスタイルの西ドイツ製プーマスパイクを履いて、天才が数々の伝説を作ったことを忘れてはならない。
文:横川 僚平(エルゴラッソ編集部)著者:小西 博昭(こにし・ひろあき)
発行:7月15日/出版社:文芸社/価格:1,100円(本体価格)/ページ:152P