EL GOLAZO(エルゴラッソ)FLASH NEWS

2017.8.10(Thu)

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  • 「毎日怒られていた」。山形・加賀健一が恩師、金沢の柳下正明監督と4シーズンぶりに対戦

     山形の加賀健一には、“恩師”という言葉では足りないくらい世話になった指導者がいる。

    「今までの自分のサッカー人生を考えたら、非常に影響を受けたと思うし、あの人がいなかったら今までサッカーはできてないのではないかというぐらいずっとお世話になっていたので、本当に感謝している」

     その恩師・柳下正明監督が率いる金沢と、山形は今節対戦する。

     02年、秋田商高からJ1磐田にプロ入りした加賀は、翌03年の1年間、初めて柳下監督の指導を受ける。当時、公式戦出場はなかったが、05年にJ2札幌に期限付き移籍すると、1年先に就任していた柳下監督の下でJリーグデビュー、主力として2シーズン活躍した。07年には再び磐田に戻り5シーズンプレーすることになるが、最初の年の9月、シーズン途中でトップチームコーチに就任した柳下氏と再会。09年からの3シーズンは、三たび“監督と選手”としての関係が続いた。

     柳下監督との日々について、加賀は「もう毎日怒られていました。何回も同じことを言われて」と振り返る。特に鍛えられたのは守備のポジショニング。若い加賀にはそれを理解し、体に染み込ませることは簡単ではなかったが、「俺も成長しようと思ったから、その当時から言われることに関しては、全部受け入れてやっていました」と貪欲に取り組んでいた。守備では足の速さを生かしたボール奪取に目を奪われがちだが、それを支えていたのは、徹底して叩き込まれたポジショニングの意識だった。

     加賀がFC東京へ移籍した12年、柳下監督は新潟で指揮を執ることとなり、2シーズンでリーグ戦3試合、カップ戦1試合で対戦。14年以降は対戦がなく、今回は4シーズンぶりの対戦となる。

    「当時はまだ俺も若かったので、向こうからすれば、意外に歳を取ったなという感じだと思う。柳下監督も歳を取っているけど、俺も歳を取っているし」

     年齢を重ねただけのものを、あと2カ月弱で34歳になるDFは見せるつもりだ。

    文:佐藤円(エルゴラッソ山形担当)



    「毎日怒られていた」。山形・加賀健一が恩師、金沢の柳下正明監督と4シーズンぶりに対戦

  • 練習試合で山下達也が復帰。「苦しい時間帯に、良い声を出せる選手にならないといけない」

    練習試合で山下達也が復帰。「苦しい時間帯に、良い声を出せる選手にならないといけない」

     10日、右太腿裏を痛めて戦列を離れていた山下達也が、大阪学院大学との練習試合で復帰を果たした。出場した前半45分を振り返って、「体力的にはきつかったけど、けがの箇所は大丈夫。次節まで1週間以上あるので(8月19日開催)、コンディションは高めていけると思う」と話した。次節の磐田戦に向けても、「治ってすぐですけど、使ってもらえれば、100%でやる。ベンチになっても、セレッソのために、チームをしっかり支えたい」と意欲を示した。

     ここ数試合、C大阪は組織的な守備が完遂できず、複数失点の試合も増えている。「暑さもあって、前からプレスが掛からないぶん、後ろに負担が来る時間帯も多くなっている。そこで耐えることが難しくなってきている」と現状を分析した山下は、その解決策として、「コミュニケーションを取って前にやらせるところだったり、後ろがしっかり責任感を持って守り切るところだったり、その両方が大事になる。自分としても、苦しい時間帯に、良い声を出せる選手にならないといけないし、そういうときに目立てる選手になりたい」と話した。

     上位キープのため、正念場となる8月の残り2試合。守備を束ねるディフェンスリーダーとして、存在感を放ちたいところだ。

    文:小田尚史(エルゴラッソC大阪担当)

  • 涙を流す「日本一の」サポーターに見送られ、関根貴大がドイツへ出発

    涙を流す「日本一の」サポーターに見送られ、関根貴大がドイツへ出発

     10日、関根貴大がドイツへと旅立った。

     「本当に申し訳ないです。すみません」と恐縮しながら報道陣の前に姿を見せた関根。というのも、空港への到着が約1時間半も遅れてしまったからだ。

     アウェイの甲府戦を戦った前日まではほとんど準備をしておらず、ほとんど寝ずに荷物をまとめ、空港まで移動する車で寝ていた。そして目が覚めると、高速道路で車がまったく動かない。「本当に今日、飛行機に乗れるのか」と焦ったようだが、ギリギリ間に合い、ホッと胸をなでおろした。

     甲府戦後は「(交代でピッチを出るときに)これで最後なのかな、と思ったけど、あまり実感はない」と話していたが、出発を控え、「空港にも多くの人たちが駆けつけてくれて、ようやく行くんだなという実感が湧いてきた」と言う。そして、「インゴルシュタットも(クラブカラーが)赤いチームで、自分が育ってきたチームと同じということは何かの縁。まずは試合に出ることが大事だと思うし、あっちの環境に慣れて、1日でも早くピッチに立てるように頑張りたい」と意気込みを語った。

     関根の話しどおり、出発ロビーには見送りのために多くのファン・サポーターが駆けつけ、保安検査場に入って関根の姿が見えなくなると涙を流すサポーターも少なくなく、なかには堪え切れず声を上げて泣くサポーターも。「日本一の」ファン・サポーターにもそれほど愛された関根は、「浦和の誇りを持って」新天地でさらなる成長、飛躍を目指す。

    文・写真:菊地正典(エルゴラッソ浦和担当)