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[書評]読むサッカーvol.36 『ゴールこそ、すべて』
“イタリアン・ドリーム”の明と暗。サルヴァトーレ・スキラッチ自伝
以前、『ゴモラ』という映画を観たことがある。ナポリを拠点とするイタリア最大規模の犯罪組織『カモッラ』を題材に、抗争が絶えない地域で暮らす少年や、組織の構成員、それとは知らずにゴミの違法投棄に関わってしまう男などを描いた現代劇だ。劇中で主な舞台となっていた低所得者向けの集合住宅は、コンクリートが崩れ、薄暗く、落書きとゴミにあふれていた。雑草が繁茂し、朽ちた自動車が路肩に放棄され、人々の目に生気はない。そこには、社会の底辺から抜け出すことができない人々の閉塞感が満ちていた。
本書はかつて磐田でもプレーした元イタリア代表FWサルヴァトーレ・スキラッチの自伝だが、読み始めてまず直面したのがそのような情景だった。
スキラッチはマフィアの本拠シチリア島のパレルモで生まれた。幼少期、地震で住む家をなくしたスキラッチ一家は、ドアをこじ開けて団地の一室に住み着き、勝手に生活環境を“耕し”てしまう(ライフラインまで使えるようにしてしまう)。窃盗、ドラッグ、マフィアのみかじめ料徴収など、犯罪行為が日常となっている環境で、デコボコの広場をピッチに見立て、ゴムボールを追いかける日々。本書の前半で回顧されるエピソードは、先述の映画で目の当たりにしたイタリアの底辺の生活そのものだ。一歩踏み外せば、転落への道はすぐそこにある。
しかし、スキラッチは脇道に逸れることなく、そんな環境から真っ直ぐに這い上がって見せる。その原動力となったのがサッカーであり、サッカー一つで大いなる成功を成し遂げてみせた。犯罪の道に逸れた友人がスキラッチにかけた「お前はサッカーをしてろ」という言葉が物語るように、イタリアにおいてサッカーがうまいことはそれだけで何にも勝る特別な力だった。
地元クラブから17歳で4部のメッシーナ(後に柳沢敦や小笠原満男が所属)に移籍。チームとともにカテゴリーを上げ、24歳で2部の得点王を獲得。そして移籍ウインドーが閉まる数秒前にユベントス加入を決める。翌年には滑り込みで90年イタリアW杯のイタリア代表に選ばれ、FWの序列最下位から得点王を奪ってみせた。
成功の階段を駆け上り、輝かしいキャリアを築いたスキラッチ。しかし、トップクラブでゴールを量産しても、W杯で国中に熱狂をもたらしても、彼が折に触れて思い出す原風景は、故郷パレルモの広場だった。劣悪な環境をものともせず、本能のまま、ゴールに見立てたパン屋の扉に得点を決めることが人生のすべてだった日々。それが本書のタイトル『ゴールこそ、すべて』に集約されている。
"DAZNマネー”の影響か、神戸に加入した元ドイツ代表FWルーカス・ポドルスキーを筆頭に、ビッグネームのJ参戦が話題に上がることも多くなってきた昨今、W杯得点王の経歴を引っさげ、J初のイタリア人選手として名実ともに日本を沸かせた男の自伝を手に取るタイミングとしてはちょうどいいかもしれない。
文・横川 僚平(エルゴラッソ編集部)著者:サルヴァトーレ スキラッチ(SALVATORE・SCHILLACI)
発行:3月13日/出版社:洋泉社/価格:1,600円(本体価格)/ページ:328P -
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