EL GOLAZO(エルゴラッソ)FLASH NEWS

2018.8.25(Sat)

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  • 水戸・伊藤涼太郎が高校時代を過ごした町に帰還。「成長した姿を見せて恩返ししたい」

    水戸・伊藤涼太郎が高校時代を過ごした町に帰還。「成長した姿を見せて恩返ししたい」

     今季はここまでJ2リーグ戦22試合に出場し、チームトップの8得点を挙げるなど、水戸の攻撃をけん引している伊藤涼太郎。今節はアウェイで岡山と対戦するが、伊藤涼にとってこの地は高校時代(作陽高)を過ごした場所だ。それだけに「自分が高校時代に育った町に成長した姿を見せて恩返ししたい」と意気込みを語る。

     しかし、前回対戦で2得点決めていることもあり、「特に戦いづらいことはない」と自信に満ちた表情を見せた。「水戸らしいサッカーを見せて勝ちたい」と必勝を誓った伊藤涼。その活躍に期待だ。

    文:佐藤拓也(エルゴラッソ水戸担当)

  • 町田の酒井隆介が岐阜戦で恩師と再会。無失点という名の恩返しを誓う

    町田の酒井隆介が岐阜戦で恩師と再会。無失点という名の恩返しを誓う

     前節の松本戦で先発復帰を果たした町田の酒井隆介が、今節の岐阜戦でかつての“恩師”とピッチ上で再会を果たす。現在、岐阜を率いる大木武監督は、11年に酒井がプロの門を叩いた京都の当時の指揮官。3年間指導を受ける 中で「大木さんとの3年間でプロとしての土台を築けた」と思えるほどお世話になったという。プロ1年目、右も左も分からなかった酒井は、基礎を身につけるために全体練習のあとにはボール回しなど、長時間居残り練習に付き合ってもらったこともある。

     「ひたすら練習には付き合ってくれました。大木さんには戦う部分や攻守の切り替え、そして技術面など、当たり前のことを徹底的に教えられました。あのとき指導してもらったことがいまに生きていると思っています」

     アウェイでの前回対戦は負傷離脱中だったため、今節のホームでの対戦で仮に出場できれば「いいプレーをして、成長した姿を見せられる」チャンスが訪れる。最高の恩返しの形は、無失点勝利だ。

    文・写真:郡司聡(エルゴラッソ町田担当)

  • 迷いが消えた湘南・松田天馬。「もう一つ突き抜けて」逆襲のキーマンに

    迷いが消えた湘南・松田天馬。「もう一つ突き抜けて」逆襲のキーマンに

     某サッカー漫画キャラクターのモデルになったとの噂もあり、同期入団の山口和樹から「対戦したことはないけど、学生のときから知っていました。天馬は有名だったから」と、一目置かれていた模様の湘南・松田天馬。実際に今季は開幕2試合で1ゴール1アシストと、序盤は確かな手ごたえと結果を得ていた。

     しかし、学生時代とのプレースタイルや役割の違いからか、徐々に調子を落としていき、先発に入れない日々が続いた。ようやく長い時間の出番を得た天皇杯では監督に名指しで批判された。プレー面を見ても、ボールをもったときの判断の遅さ、迷いが目立ち、安全なプレーを選択して怖さのない存在に終始していた。曺貴裁監督もそれを見抜き、取材陣の前で「迷いがあるならプレーすべきではないし、その整理は自分でつけなければいけない」と厳しく指摘したことがある。

      いつもは取材をしていても冷静に話をする松田だが、この日は少し苦笑いをしながら「(試合に出ていない間は)悩みました」と一言。東福岡高時代から常にレギュラーとして出場してきた松田にとっては、この挫折は初めての経験だったかもしれない。

      「自分がもっている技術は生かしながらも、チームでやるべきことがある。自分はこのチームの中でどういう存在なのかは考えました。明確に『こういうプレーをすべき』と決めたわけではないですけど、攻撃面では違いを出していく必要があります」

      ここ最近は調子を取り戻し、前へのアグレッシブな姿勢が復活。第21節・横浜FM戦では中澤佑二を吹っ飛ばしてボールを奪取する場面もあった。天皇杯4回戦・川崎戦Fでは先発に復帰し、監督に指名されてキャプテンマークを巻いた。

     「積極的にプレーできる部分は増えてきたし、ランニングでどこに走るべきかという判断もできるようになってきた。自分の特徴を生かすために、足元ばかりではなく裏に飛び出すことも必要です。やっぱり以前は無難なプレーでも『ミスをしてないからいいや』を満足している部分がありました。でもこのチームにきてJ1で戦う以上は、前を向く、危険なパスを出す、ドリブルで仕掛けることで違いを出してこそ、自分が成長できます」

     それでも満足はせず、「もう一つ突き抜けて、得点に直接関われる選手になりたい。シュートを打てていないので、どうすれば打てるのか、決められるのかは常に考えます」と話してくれた。

     湘南は現在リーグ3連敗中。チャンスを作りながらも決めきれない試合が続いている。負傷者も抱える中、“いい内容”で終わらせず結果を出していくためにも、松田の奮起が必要になるだろう。

    文:中村僚(エルゴラッソ湘南担当)

  • サッカー版・巨人の星、前田直輝と父親の猛特訓とは

    サッカー版・巨人の星、前田直輝と父親の猛特訓とは

     加入後6試合で3ゴール4アシスト、名古屋の攻撃に化学変化をもたらした前田直輝が、子どものころの思い出を語ってくれた。

     いまでは高い技術と鋭いドリブル突破を武器にする前田。しかし小学生のころは50m走が8秒台と、決して速くはなかったそうだ。「このままではプロになんてなれない」。思い悩む息子のために前田の父は、必死に本を読んで速く走るためのトレーニング法を調べてくれた。そしてサッカーの練習とは別に、おもりを足につけたり、チューブを使って腿上げをしたりなど、足が速くなるトレーニングを父親とともに行う。

     その親子のトレーニングで、徐々に自分の脚に手ごたえを感じるようになっていた前田は、本格的にラントレを練習し始めて1年ほどで人並みに走れるようになったという。その後も高校生になるぐらいまで父親とボールを蹴っていた前田は、「昔のトレーニングもしようか」とそのラントレを続けていたそうだ。

     いまではそんなエピソードも嘘のような前田の走り。確かによく見るとスバ抜けて速いわけではないが、1歩目が速く的確な位置取りでスピードを感じさせる。それは徹底的に鍛えられたという前所属の松本での経験も大きいのかもしれない。

     一緒に努力してくれた父親に対して前田は「もちろん感謝していますよ。親父がいなかったらいまの俺はないので」と最大限の謝辞を送る。そしてその恩に応えるとすれば、周辺からも聞こえ始めたA代表というステージだ。

     「日本代表ですか。いやまだまだですよ。たかが6試合、結果が出ただけで代表なんて言えないです」と、前田は謙虚だが「もちろん、いつかはそうなれるように毎日努力はしています。父親への恩返しのためにも代表が狙えるようになればいい」。そう言って照れながらクラブハウスを後にした。

     脚の速くなかった少年が必死の努力をして日本代表のピッチで駆け回る。たくさんの子どもたちに夢を与えるシンデレラストーリーの結実は果たして?

    文:斎藤孝一(エルゴラッソ名古屋担当)

  • G大阪の命運を握る“鳥栖キラー”渡邉千真。鳥栖戦に強い理由はベアスタに駆けつける強力な“援軍”?

    G大阪の命運を握る“鳥栖キラー”渡邉千真。鳥栖戦に強い理由はベアスタに駆けつける強力な“援軍”?

     J1残留に向けて大事な一戦となる鳥栖戦に向けて、G大阪に今夏やってきた“鳥栖キラー”がその爪を研いでいる。前節、移籍後初先発を飾り、早くもゴールを決めた渡邉千真は鳥栖相手に抜群の相性のよさを誇る。

     「相性はいいですね。でも、たまたまじゃないですか」と控えめな背番号39だが、残してきた数字が雄弁にその“キラーぶり”を物語る。過去リーグ戦では12試合で10得点。ハットトリックも経験している。この要因を24日の非公開練習後に明かしてくれた。「鳥栖は雰囲気もいいしね。親が見にくるから、親のおかげかもしれない(笑)。九州で実家から近いので、九州で試合をするときには大体見にきてくれています」。

     2試合連続での先発が濃厚なアウェイ・鳥栖戦。「(親は)今回もくると言っていました」(渡邉)。超強力な“援軍”が渡邉の暴れっぷりを後押しするはずだ。

    文:下薗昌記(エルゴラッソG大阪担当)

  • 神戸・藤田直之「もっとハードワークを」。“節目”の試合で大切なメンタリティーを取り戻す

    神戸・藤田直之「もっとハードワークを」。“節目”の試合で大切なメンタリティーを取り戻す

     神戸MF藤田直之が、J1通算200試合出場まであと1試合に迫っている。J1での出場試合数は鳥栖で127、神戸で72。攻撃サッカーを支えるアンカーは「大きく意識することはないけど、節目の試合であることは間違いない」と受け止める。

     当時J2の鳥栖に加入した10年、開幕戦の札幌戦でデビューを飾った。主力として定着し、翌年にはJ1昇格に貢献。12年から4期連続で主将を務め、同年にはJ1で5位に入る立役者の一人に。15年には日本代表にも選出され、韓国代表戦に出場した。

     着実にプロの階段を登ってきたようにも見える藤田のキャリア。ただ、背番号14が大切にしてきたのは「雑草魂」だという。福岡大4年次、所属先がなかなか決まらなかったといい、決してエリートではない自分と向き合い、プロのピッチで戦ってきた。そして、自らの成長を追い、16年に神戸への移籍を決断している。

     「プロに入ったときに200試合も出場できるとは思わなかった。ここまでやってくることができたし、こうやって記録は出ていくものだと思う。これから300試合、400試合を目標にやっていきたい」

     22日には思い入れのあるベストアメニティスタジアムで、鳥栖と天皇杯ラウンド16を戦った。悔しい敗戦を喫したが、「もっと自分たちもハードワークしないといけない」とあらためて大切なメンタリティーを確認。26日のJ1第24節・横浜FM戦は、磨いてきた31歳のスキルと覚悟をぶつける大切な舞台となりそうだ。

    文:小野慶太(エルゴラッソ神戸担当)