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  • [短期集中連載]ツエーゲン金沢はなぜ攻めるのか <第1回:挑戦者を育む土地・金沢>

    [短期集中連載]ツエーゲン金沢はなぜ攻めるのか <第1回:挑戦者を育む土地・金沢>

     クレヨンしんちゃんとのコラボ、ミニ四駆発売、そして「ワンチャン決めるの俺ぴっぴ」「俺のクロスよいちょまる」といった選手紹介でネット民をザワつかせたパラパラナイト。今季、次々と話題になる企画を打ち出している金沢は、なぜ攻めの姿勢を見せるのか。その秘密とキーマンに迫る。



    クラブ理念変更という大きな決断

     

     「そもそもサッカーがめちゃくちゃ好きというわけではないというのが根底にある」

     刺激的なフレーズを発したのは金沢の事業企画部部長である中山大輔。攻めの企画のキーマン中のキーマンだ。鳥取で生まれ、ガイナーレ鳥取でサッカークラブの仕事を経験したのち、15年、ツエーゲン金沢がJ2に昇格するとともに“移籍”した。

     その中山が着任早々、衝撃を受けた出来事があった。「認知度の低さというか、J3で優勝してもこんなに話題に上がらない、知られていないというのはちょっとびっくりした。鳥取でJ2に上がったこともあったのが、そのときのインパクトと比較すると驚くほど小さかった」。

     ゼロからのスタートを実感した中山は、まずクラブをどのように金沢という街に発信するかというところから入った。「スタジアムにサッカー以外の魅力を作っていかないといけない。サッカーファンというパイだけを考えていてもしょうがない。(スタジアムへの)入り口をとにかくたくさん用意することは意識している」。そう話す中山が仕掛けたのが「こびとスタジアム」だった。人気児童書『こびとづかん』シリーズの作者である、なばたとしたか氏が石川県出身ということがきっかけで始まったコラボ企画だった。その告知ポスターは選手たちに奇抜な“こびと”の被り物をかぶせるという、奇想天外なもの。さらには西川圭史GMにも被り物をかぶせてメディアブリーフィングを行うなど、実にぶっ飛んだPR方法だった。

     これがネット上などで話題となり、ターニングポイントとなった。「あれが金沢の一つの成功例になった。そこからは年に1回くらいああいう企画をやらなければ、ということになった」。何かおもしろいことを企画するクラブの一つ。そういう評価も定着してきた金沢だが、中山は悶々としていた。「J2に上がって去年で4シーズン目。チームは柳下監督が来て選手も育っていい流れになってきている実感はあった。一方で来場者数が伸び悩み、メディアにもなかなか取り上げてもらえなかったり、クラブのことを本当に好きになってもらえていないのではないか、それからクラブ側もなんのためにクラブが存在するのかをうまく伝えられないと感じていた」。

     西川GMともその思いは通じていた。そして決断したのがクラブ理念の変更だった。「06年のクラブ創設時に作った理念、『地域経済に貢献する』とか『青少年の健全育成』とか『ふるさと愛を育む』といったものは、それはそれですごくいいが、もっと心にストンと落ちるようなものを作りたかった」。

     昨夏からクラブは動き出した。最初に全スタッフに“クラブの現状認識”や“このクラブで目指したいこと”をヒアリング調査。その後、西川や中山などクラブ首脳陣が協力を求めたのが、これまでずっとタッグを組んできた金沢の街に根付いたクリエイター集団だった。

     

    『挑戦を、この街の伝統に。』の誕生

     

     「中山さんは、みんなが同じ方向を向けたらとずっと言っていた。半日会議をして、そのあとも酒を飲みながら話をした」。こう話すのはジャポン・デザイン・ワークスの水橋一彰。12年から金沢のポスター等のデザインを担当してきたグラフィックデザイナーだ。

     水橋と中山がタッグを組んだ初めての大きな仕事は「こびとスタジアム」だった。そう、被り物ポスターを企画した人物こそ、この水橋なのだ。「ラフ(デザインの元となるスケッチ)で選手が被り物をかぶっていたときに『けっこう攻めてくるな』と思った」と中山が言えば、「被り物を選手にかぶせていいとは思わなかったし、OKが出るとは思っていなかった」と水橋。そう思いながら提案する水橋も水橋なら、承諾する中山も中山だが、こうやってくだんのポスターは実現へと進んでいった。

     この二人に加え、西川ほか2名のクラブ関係者、さらにはコピーライターの西垣強司の6名が昨年某日に集まり、新クラブ理念作成のための会議が行われた。ちなみに、この西垣は「ZWEIGENの中には、『WE』がある。」という地元紙の新聞広告をはじめ、さまざまなコピーで話題をさらったコピーライターだ。

     長時間、各々が意見を出し合った中でクラブ理念案の作成は西垣に託された。「『挑戦』という言葉がキーワードとして表れていると感じた。競技スポーツとしての視点もそうだし、地域にどう根付いて盛り上げていくかというのも、挑戦という言葉で置き換えられる。クラブとしても挑戦する喜びを石川県に浸透させていきたいという思いもあった。これに、伝統という金沢らしさを組み合わせられないかなと思って、いろいろと試行錯誤した」。

     西垣が苦心の末、年末までかかって提案したのが3つの案。その中から「満場一致でこれがいいね」(中山)となったのが、『挑戦を、この街の伝統に。』だった。中山は言う。「石川県には『伝統』が根付いているが、それは過去にいろいろな挑戦を続けてきたからこそ。今までも挑戦する文化が石川県にすごくあった。それを継承していこうということ」。

     これは全国の人たちには、いまいちピンとこないかもしれないが、石川県民、とくに古くからの金沢市民は地元の文化に他県の人が想像する以上に誇りを持っている。そしてこのクラブ理念はそういった人たちのプライドをうまくくすぐる、実にうまいコピーなのだ。実際、中山は言う。「この理念の裏に秘められた思いについていろいろなところで話をするが、企業の担当者の中にも賛同される方は多い」。

     こうして出来上がった新たなクラブ理念。今年1月に発表されたこの理念をベースに、金沢の攻める姿勢は一層強まっていったのだった。

    文:村田亘(エルゴラッソ金沢担当)

    ~予告~

    第2回:パラパラナイトの表と裏(8月14日公開予定)

    第3回:挑戦はクリエイター集団とともに(8月15日公開予定)