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2017.5.7(Sun)

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  • [書評]読むサッカーvol.29 『放送席から見たサッカー日本代表の進化論』

    約40年間、日本代表を伝え続けてきた“話し”のプロが“文字”で綴る代表史

     

     サッカーファンにとっては言わずと知れた名実況者。日本サッカー低迷期から耳目を傾け続けているオールドファンにとっても、日本代表がW杯初出場を果たした98年のフランス大会や02年の日韓大会の時期に熱を帯び始めた人々にとっても、その一喜一憂の側には、常に彼の機知に富んだ数々の声が存在してきた。

     著者・山本浩氏がサッカーの取材を始めたのは、80年代初頭。本書は85年のメキシコW杯予選の熱闘ぶりが語り継がれる森孝慈元日本代表監督時代以前から、現在のヴァイッド・ハリルホジッチ監督まで、約40年間に蓄積した取材情報で構成されている。

     その内容もさることながら、まず読み進めていく中で伝わってくるのが多彩な表現力。普段は書くことが本業ではなく、声をとおして伝達するプロフェッショナル。しかし、人に伝えるという意味では、声に発するか、文字に記すかに実は大差がないということに気付かされる。語彙力の豊富さだけにとどまらず、硬軟織り交ぜられた文体、さらには自虐的なエピソードから本質的なこだわりある話と、山本氏が名アナウンサーであると同時に優れたエンターテイナーであることがその表現の端々から感じ取れる。

     どの監督の時代も、山本氏ならではの逸話が出てくるところも面白い。若輩記者である自分も含め、メディアの人間にとって大切なのが現場力。選手や関係者との絶妙な距離間の中で、時に近付くことで有益な情報を引き出し、時に離れることで眼前の事実を冷静に伝達し、評論する。取材者が少なかったサッカー黎明期から足繁く現場に通い続けて構築した、山本氏の人間関係。本書を読んでいく中で、彼への信頼感が数々の実話や裏話につながっていることが分かる。

     本書のあとがきでは、こう殊勝に記されている。「アナウンサーの仕事では、ニュースも読むし天気予報も伝える。20代半ば過ぎから始まったサッカーとの関わりも、毎日のように練習場に足を運ぶ活字の記者に情報量で遠く及ばない」。しかし、一見必要最低限の情報を集めては放送席から声を出すと思われがちな実況の仕事を、自分が辿ってきた太く長い取材人生の一端を明かすことで、より豊潤なそれとして伝えている。逆に、得た情報量に対して悦に浸るような伝達ぶりは、実況者としての本質を履き違えているという強い主張も、柔和な書き進め方の中で一際印象的だった。

     古くから日本サッカーを見続けてきた方は、アーカイブとして楽しめ、新しいファンは、現在の日本代表がアマチュア時代からJリーグ誕生を経て、どう成長したかを深く知ることができる。さらにすべての項目の根底には“日本人の特性とサッカー”という民俗論的な観点も見え隠れする。取材者として、人間として。長年の経験を積み重ねた山本氏だからこそ記せるテーマである。

    文・西川 結城(エルゴラッソ日本代表担当)

    [書評]読むサッカーvol.29 『放送席から見たサッカー日本代表の進化論』

    著者:山本 浩(やまもと・ひろし)

    発行:3月30日/出版社:祥伝社/価格:1,500円(本体価格)/ページ:256P