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[書評]読むサッカーvol.43 『ゲームの支配者 ヨハン・クライフ』
なぜ彼は特別なのか? クライフ論の決定版
私はヨハン・クライフの世代ではない。正確に言えば彼や彼を中心としたトータル・フットボールが巻き起こした熱狂、革命をリアルタイムで体感した世代ではない。
そのためか、W杯優勝経験がないクライフがなぜ、ペレやベッケンバウアー、マラドーナなどと並び、サッカー史のレジェンドとして扱われているのか、幼少期は違和感を覚えていた。彼はほかのレジェンドとはどこか“違う”と感じていた。
もちろん、いまとなっては、クライフの成し遂げた偉業は知っているし、過去の映像も見たことがある。“トータル・フットボール2.0”とでも言うべき、バルセロナやスペイン代表のサッカーへの世界的な熱狂もリアルタイムで体感し、その影響力の大きさも見てきた。ただそれでも、その“違い”への納得できる回答は、まだ得られていないように感じていた。
しかし、本書読了後には、長年の疑問に対する説得力を持った答えにようやく巡り合えた気がした。
本書は単なるクライフの自伝や伝記でなければ、トータル・フットボールを論じた解説書でもない。多角的な視点でクライフの人生を追うことにより、トータル・フットボールに至るまでの欧州サッカーの歴史、彼の原点にある70年代のアヤックス、バルセロナの軌跡をたどる。
さらには、ナチ時代から解放された欧州の若者にとってオランダやアヤックスが自由の象徴であり、とりわけクライフがそのシンボルであったこと、スペイン時代のクライフがフランコ独裁に抵抗するエルサルバドール(救世主)的存在であったことなど、欧州の近現代史的な文脈からもクライフを語る。そしてこのことこそ、クライフを特別たらしめている。
もちろんトータル・フットボールという戦術革命の達成はそれだけで偉業と呼べるもので、その影響力は計り知れない。しかし、サッカーのみならず、欧州社会というよりマクロな視点においても絶大な影響力を及ぼしたという事実こそ、前述したほかのレジェンドとクライフの“違い”に説得力を与えている。本書はそのことを圧倒的な情報量で読者に明示してくれる。
まさしくクライフ論の決定版と呼ぶにふさわしい一冊ではないだろうか。
文:横川僚平(エルゴラッソ編集部)著者:D.シュルツェ=マルメリンク(DIETRICH・SCHULZE-MARMELING)
発行:5月27日/出版社:洋泉社/価格:2,000円(本体価格)/ページ:480P